妙善寺 由来

  

当山(長籐山)は文永8(1271)年9月13日までは真言密教の真蔵院(長籐法印住職)でありました。
日蓮聖人は世を救うため、法を弘めるため、最第一の法華経によって幕府、官僚にお教えを説き、
立正安国論など書物の献上もされたが聞き入れず、 ついに片瀬竜の口にて死罪、しかし立派な僧侶
ゆえ、 翌朝佐渡島へ遠島の刑となり役人に引き立てられ越後(新潟)へ向かいました。
その途中に休息されました寺が真蔵院(現妙善寺)であり、その折り、日蓮聖人より法印にお教えを受けら
日聞と改名され、 この寺を法華道場となる事を約束されたのです。
従って1271年9月13日を当山の開山」(日聞)とされ、由緒ある寺歴は現在に至っても勝れた内容と将来に
大きな光明を世に輝く寺となるでしょう。